フリッジの軽やかな言葉に魅せられて。
フリッジに入社して1カ月が経ちました。短い期間のなかでもさまざまな気づきがあったため、備忘録も兼ねてこの1カ月でフリッジについて感じたことを綴りたいと思います。
恥ずかしながらいまだに社員であるという実感に乏しく、電話口で社名を名乗るたびに、どこか照れくささを感じています。入社前の私はフリッジの大ファンでした。初めてフリッジのコーポレートサイトに訪れたとき、心に風が吹いたことをよく覚えています。明るくて軽やか、芯があるのにやわらかい。そんなコピーに魅せられたことが転職をめざしたきっかけです。コピーライター歴12年。仕事柄、数え切れないほどのコピーを目にしてきました。「すごいなぁ」「面白いなぁ」と感じるコピーとの出会いも数多くありましたが、フリッジのさりげないセンスが眩しく、通勤中や昼休みに、私は何度となくウェブサイトを訪れたものです。
フリッジのウェブにある「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」と、時間帯により変化する挨拶文に気づいたのもそのときです。来訪者へのささやかな心づかいに、フリッジの遊び心とホスピタリティを見た気がしました。
コピーの話になると、驚くほどしつこい。
入社してすぐに気がついたこと。それは社内の要求水準の高さです。フリッジでは、書き上げた原稿はすべて社内レビューを行います。この言葉は表面的ではないか? この言い方はどうか? そんな議論は日常です。入社直後に私が指摘されたのは「良い」という言葉の使い方。例えば「良い職場」と書いたとき、この文脈における「良い」の解釈は読み手に委ねられます。定時で上がれる職場のこと? 成長できる職場のこと? 言いたいことを確実に伝えるため、たったひとつの言葉選びにも手を緩めない。試行錯誤を繰り返して、ベストの表現を突き詰める。その様子に、職人さながらの気迫を感じています。
自慢ではありませんが、前職で原稿に赤字が入ることはほとんどありませんでした。一方、フリッジでは、そうは問屋が卸しません。先日、私が担当した案件はやや難易度が高く、幾度となく社内での差し戻しがありました。納期が迫っていたこともあり、最後の仕上げは先輩の手に委ねられたのですが、バトンタッチした直後、コピーが呼吸をはじめたような手応えを感じました。悔しいけれど自分が向き合ってきた仕事だからこそ、自分に何が足りてなかったのかがよくわかります。
「書く」もしつこいが、その前に「取材」もしつこい。
フリッジのコピーに憧れて入社した私ではありますが、最初に驚かされたのは圧倒的な取材力でした。前職では、多いときで週3回程度の取材があり、営業担当からインタビュアーに指名してもらう機会も多かったことから、それなりに自信もありました。レベルの違いを見せつけられたのは、先輩の取材に初めて同行した日のことです。フリッジの取材は、シンプルなヒアリングではありません。事前に用意したヒアリング項目には沿いながらも、巧みにアドリブでの質問を織りまぜ、深掘りをはかる。私の目には、カウンセリングのようにも見えました。自分の会社や仕事を客観的に捉えることが難しく「うまく言語化できない」と詰まる相手に対し、さまざまな角度から投げかけをして糸口を探るのです。ある瞬間に「ああ! それが言いたかったんだ」と受け手の顔がパッと明るくなる。そんな場面に何度も立ち会いました。
あるとき「御社はメーカーでもありますが、技術力で課題を解決するソリューション企業でもあるのでは?」と問うたときの、相手のハッとした表情は忘れられません。インタビュイーの返答を鵜吞みにするばかりではなく、本質をつかむために必要な議論は惜しみません。「良い書き手は、良い聞き手なのですね」「自分たちだと、自分たちの魅力はわからないものですね」といったお声をいただくことが多いというのも納得でした(Vol.2に続く)。